意識的パーソナルアベノミクスのススメ

遡ること2013年12月に始まった安倍政権によるアベノミクスも、今年で5年目に入りましたが、みなさんはどうでしょうか?日々の生活はよくなったでしょうか?

アベノミクスの成否をここで論ずるつもりは毛頭ありません。

ただ、アベノミクスの目玉の一つである、金融緩和については私は効果は少なからずあったはずです。

金融緩和についてはここでは詳しくは説明しませんが、簡単にいうと日銀がお金をたくさん刷って、日本国民にたくさんお金を使ってもらって景気を良くしようという政策だ、と思われている方も多いでしょう。

ただし、それは実は表向きの理由です。

ここで勘違いしてはいけないのが、金融緩和によって世の中のみんながお金をたくさん得ることで、余裕資金が消費や投資に回されるようになる、というわけではない点です。

むしろ、お金の量が市中に増えることで、お金の価値(希少性)が下がるため、しかたなくお金をお金以外のものに交換せざるを得ない状況に誘導していくというのが本質です。

つまり、アベノミクスの金融緩和とは、政府が国民に、

あなた(企業や個人)が大事にしてるお金、あなたが思ってる程価値ないので、さっさと新しい経験なり体験(消費や投資)に変えてねー、よろしく!

というメッセージなのです。

以前もお話しましたが、もともとお金というのは本来交換の手段であって、お金そのものには何の価値もありません。1万円札を手に取ってみてください。

実際、お尻を拭くことすらままならない、どこの誰かもわからない昔のおっさんが印刷されただけの紙切れです。

でも、このおっさんをみんなが一斉に崇め奉るだけで、あら不思議、お尻を拭くトイレットペーパが300ロール以上も買えるほど価値あるものに変身するのです。

これは世界の三大宗教(キリスト教、イスラム教、仏教)を抑え、今やトップに君臨する人類始まって以来の巨大宗教と言っても過言ではありません。

それはさておき、お金というものは、人々の共同幻想によって成り立っているため、その価値もいくらでも変えることができるということなんですね。

今日の1万円の価値は明日の1万円の価値と異なるのです。それは資本主義経済においてはお金の時間的価値(Time Value of Money)の概念(つまりは利子)が信じられている(関連記事:資本主義とお金と投資)ということに加え、お金にたいする人々の共通価値認識が日々変動するからなんです。

このアベノミクスですが、政府が勝手に決める政策なので、我々にはコントロールしようがないかもしれません。

でも実はこのアベノミクス、個人レベルでも可能な政策なのです。というよりも、我々も無意識的もしくは意識的に日々やっている政策でもあるのです。

どういうことかというと、例えば、あなたがハワイに1週間の旅行に行きたいと思ったとしましょう。

それで大体それにかかる費用がざっくりと50万円だったとします。そして、貯金額もちょうど50万円でした。

それで、考えた結果、50万もかかるなら今回はハワイ旅行は諦めて、引き続きそのお金はそのまま貯金することにしたとしましょう。この場合はつまり、

50万円 > 1週間のハワイ旅行で得られるであろう経験

だと判断したわけです。つまり1週間のハワイ旅行で得られるであろう経験より今銀行に置いてある50万円のほうが価値があると判断したわけです。

ところがもし、あなたの貯金が何らかの理由で100万円になり、これならハワイに行こうと決めるとします。費用は同じ50万でまったく変化していないのに、あなたの行動が変わり、おそらく人生経験までもが変わってしまうわけです。

これこそが個人レベルでのアベノミクスの効果です。

これはあなたの中で50万円に対する価値認識が一瞬で変化した(下がった)ことを意味しています。

50万円 =< 1週間のハワイ旅行で得られるであろう経験

このようにお金の価値がマクロレベルでも個人レベルでも、いかに相対的に変化するかがわかりますよね。

この例のように50万円もかかるような大きな買い物だけでなく、日々の生活必需品などでも状況に応じて私たちは無意識あるいは意識的にお金の価値(認識)を変化させているわけです。

政府が行う金融緩和政策は、(それがパフォーマンスであっても)実際にお金を市中にばらまく必要があります。

しかし、個人レベルのアベノミクスでは、実際にお金を増やす以外にも、自身のお金に対する価値認識(=幻想)に少し変化を加えるだけで、その効果(新しい人生経験など)を即座に得ることが可能なのです。

さきほどの例だと、今銀行においてある50万円ってそんなに価値あるものなの?と問い直すことができるのす。

いきなり貯金を倍にするなんてのは難しいかもしれませんが、今持っているお金の価値認識を自在にコントロールする、というのは、(程度の差はあれ)いつでも誰にでもできるわけです。

いつも反射的、無意識的に節約しければ、貯金しなければ、と思い込んでる人は、

お金の価値を上げすぎている=人生の経験や体験の価値を下げすぎている

可能性があります。そういう人こそ時には、意識的な”パーソナルアベノミクス”が必要なのです。

場合によっては、自身の人生経験に対する価値認識の上昇が、長期的にはお金の量の増加に繋がる場合も多々あります。

今回の例のような大金でなくても、例えば、いつも120円の缶コーヒーですませているところを、500円払ってこだわりのコーヒー屋さんで美味しいコーヒーを楽しむなどでも良いのです。

たったの数百円の差ですが、その僅かな差から生まれる経験の違いには雲泥の差があります。

美味しいできたのコーヒーの味はもちろん、そのお店の雰囲気、リラックス効果、自己重要感の少々、人生を楽しむ人たちが醸し出すバイブレーションによるポジティブな同調圧力などなど。

これはたったひとつの例にすぎませんが、どんな小さなことでも良いので、日々のひとつひとつの選択にこのような観点を持っているかどうかで、長期的には人生の豊かさに大きな差が生じてきます。

実はこの自身のお金に対する価値意識(=幻想)を自由自在に操つる能力こそが、無意識的に貯金に励んだり、単にお金を稼ぐ能力をあげることよりも、人生を本当の意味で豊かにする上で重要になってくるのです。

それではまた。

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TE.D
昭和末期生産型AI投資家。ロスジェネ最後の生き残り。30代で結果的に実質セミリタイア。最近はハワイ東京間を行ったり来たり。映画「キャスト・アウェイ」のトム・ハンクスのごとく、このネット大海原の無人島にて一人つぶやいてます。 穏やかで自由かつ豊かな次世代の都心ライフスタイルを模索しながら、日々のささいな経験や気づき、オススメ情報を中心に発信します。

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