今この瞬間あなたの人生を100%豊かにする唯一の方法 その2

前回は、なぜ多くの人は100%豊かな人生を生きていると感じられないかについての根本的理由をお話しました。

今この瞬間あなたの人生を100%豊かにする唯一の方法 その1

ここで、私たちの社会システムが陰に陽に正当化しようとする、人生の豊かさについての誤った定義を次のように、豊かさの定義①としておきましょう。

豊かさの定義①

人生の豊かさ = 経済的に人より裕福であること
 or
 人生の豊かさ = お金持ちであること

簡単に言うと、上の等式の右辺には、例えば、健康は入っていません。それどころか幸福そのものも入ってませんね。

私たちが、今の平和な日本という国に生まれて来たのは、人生の豊かさを最大限に味わうためですし、有難いことにそれが本来、私たちには十分可能なのです。

お金や経済的豊かさ”だけ”を得たとしても、人生の本当の豊かさを満喫したと言えないのは当然のことです。

わたしはいわゆる成功者と言われる多くの人とこれまでお付き合いしてきて、

社会的な成功や経済的豊かさが、その人の人生の豊かさや幸福に直結しない

ことをこの目でみてきました。

さすがに、今ではこの等式がおかしいのではないかと、意識的にまたは直感的に気づき始めた人も多いと思います。

現状に対する反発は単なる逃避にすぎない

ただし、そういう人が陥りやすい落とし穴は、上の等式への不信があまりにも強くなりすぎて、それを次のような等式に置き換えてしまうパターンです。

これを豊かさの定義②としておきましょう。

豊かさの定義②

人生の豊かさ ≠ 経済的に裕福であること
 or
 人生の豊かさ ≠ お金持ちであること

人生お金なんかじゃない、お金は人生を狂わせる汚いものだ、と言ってお金や経済的な豊かさを拒否し、人生の豊かさを物質的なものやお金”以外”のものに求めてしまうのです。

その”以外”として求めるものの代表としては、”心”や”精神”など目に見えないものが好まれる傾向があります。

怪しげなスピリチュアル系のセミナーや、占い、自己啓発、新興宗教等にのめりこんでいくタイプにこのような傾向があてはまります。

一見すると、①の間違った豊かさについての定義を否定してたどり着いた答えのため、正しく見えてしまいます。

しかし、それもあまりに短絡的な行動です。

こういう人は、結局お金や経済的な苦難に落ち入ることで、逆に人生の豊かさを見失う場合があるので注意が必要です。

物事を善悪や白黒で単純化したり、すぐに判断してしまう傾向のある人がこの落とし穴に陥る可能性が大きいので、思い当たる方を気をつけてください。

心理的に言って、お金や経済を否定し、そこから目を背けようとしている人は実は、意識のベクトル(方向性)が真逆なだけで、やっていることは①の等式を信じている人とまったく変わりはないということがわかってきます。

よって、当人はお金や経済に無関係の人生を送っていると信じていても、結局はお金や経済の問題にぶち当たり、途方に暮れるという状況に陥ってしまったりします。

どうやら豊かさの定義②も、人生の本当の豊かさを表すのにベストな定義ではなさそうです。

定義①や定義②を信じて生きてきて、なぜか人生がつらい、豊かさを感じられないという方は、少しずつその定義を変えていく必要があるでしょう。

豊かさの新しい定義の可能性を探る

そこで、まずは次の定義から始めてみましょう。

豊かさの定義③

人生の豊かさ > 経済的に裕福であること
 or
 人生の豊かさ > お金持ちであること 

これなら、納得いできるしょうか?

そうです。人生の豊かさは経済やお金”だけではない”という定義です。

これなら、人生の豊かさがお金がすべてだ、というわけでも、お金ではない、という否定でもありません。

人生の豊かさはただ単にそれ以上であるということです。お金や経済があくまでその一部であるというだけです。

ただし、一部とは言っても厳然としてあなたの人生の豊かさの要素として成り立っているわけです。

これが腑に落ちれば、お金や経済的成功に追い立てられて執着するのでもなく、それを恐れて逃避する必要もないことがわかるはずです。

なぜなら、それを人生の大いなる豊かさの一部として、あるがままに受け入れる準備ができるからです。

そして、お金や経済という人生の豊かさが各個人の人生にとってどれだけ大きいものかは誰にもわかりません。

だから、単なる経済的状況(資産、年収、家、車等)だけで他人と自分を比べて豊かだ、貧しいと判断するのはナンセンスだとわかるでしょう。

ある人にとっては人生の豊かさに占める経済的側面が大きかった、というだけのことです。

それ以外の側面がどうなっているかなど誰にもわかりませんし、そのような要素はしばしば他人の目には見えてこないものです。

というよりも、誰もそんなものに目を向けないよう仕向けられているのです

人によってはこのことを理解するだけで、これまで自分自身が強くもとめていた、もしくは頑なに拒んでいた経済的な富が、それをただ単にあるがままに受け入れることができるようになってから、逆にどっと押し寄せるように入ってきたという人もいます。

私もその一人ではありますが、これもまた個人差や、その人のもともともっている特性によるので一概には言えません。

よって、あなたにとっての人生の豊かさの一部である経済的な大きさを今この瞬間に必要以上に求める必要も、それを敢えて拒否する必要もないのです。

ただそれを人生の豊かさの一部として受け入れるのです。

簡単なようで、これがなかなかできません。

経済的豊かさを拒否する人なんているのか?と疑問に思う方がよくいますが、実際はかなりいます。

例えば、あなたがある知人と高級なレストランで食事をしたとして、なんの理由もなく相手がこういったとしましょう。

「ここは私が払います。」と。

あなたならどうしますか?どう感じますか?

素直に有難うと言って、その好意を受け取れるでしょうか。

それとも、なにか裏があるのではないかと不審がるか、または借りを作る感じがして不快に思い、その好意を拒みますか?

(この辺は自己肯定感の話も絡んでくるので、また別の機会にお話します。)

前回もお話しましたが、私たちは幼少期から、長い間、定義①を強く刷り込まれています。

でも、これからは必ずしも与えられた社会システムの歯車として生きたり、それを否定して孤立する必要もありません。

もちろん、そうしたいのであればそれはそれで結構でしょう。

最終的に決めるのは個人の”好み”の問題になってきます。

ただし、人生の真の豊かさに素直に目を向ければ、もっと自由で豊かな人生があなたを待っています。

たった一度の大切な人生です。その可能性を試しても損はないのではないでしょうか。

次回は人生の豊かさの真の定義についてもう少し考えてみたいと思います。

今この瞬間あなたの人生を100%豊かにする唯一の方法 その3

それではまた。

 

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TE.D
昭和末期生産型AI投資家。ロスジェネ最後の生き残り。30代で結果的に実質セミリタイア。映画「キャスト・アウェイ」のトム・ハンクスのごとく、このネット大海原の無人島にて一人つぶやいてます。 穏やかで自由かつ豊かな次世代の都心ライフスタイルを模索しながら、日々のささいな経験や気づき、オススメ情報を中心に発信します。

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