みなさんはホセ・ムヒカなる人物を知っていますか?
2010年から2015年までウルグアイの大統領を務めた方です。日本では世界一貧しい大統領として一時話題になったので、知っている人も少なくないはず。
彼は一国の大統領という地位を得たにも関わらず、豪華な大統領官邸に住まず、質素な農場生活を続け、生活費以外の収入はほとんど社会事業に寄付するということを実際にやった人物です。
日本でよく好まれる言葉に、「質素倹約」や「足るを知る」というものがありますが、この人はこの言葉を自身の人生をかけて実践しました。ゆえに彼からわれわれの消費社会に発せされる言葉の一つ一つには、一段の重みと説得力があります。
彼は言います。
私は貧乏ではない。質素なだけです。
貧乏とは、欲が多すぎて満足できない人のことです。
質素は”自由のための闘い”です。
物であふれることが自由なのではなく、
時間であふれることこそ自由なのです。
そんなホセ・ムヒカは聖人君子ではなく、ヒーローでもありません。彼はもともと貧しい一般家庭で育ち、若い頃には極左ゲリラ組織トゥパマロスで活動家となり、政府軍に捕らえられて、15年間過酷な獄中生活を送っています。
彼のこの激動の半生がこれらの言葉の源になっているわけです。彼の大統領としての政策や功績には、まだまだ疑問符がつくものが多く、現地での支持率もそれほど高かったわけではありません。
ただ彼の人生と彼から発せらる言葉には、この消費社会のあらゆる洗脳にどっぷり浸かったわれわれの目を覚まさせる力が確かにあります。
わたしは投資家としてこの経済社会から大いに恩恵を受けている立場ですが、それでも昨今の、”お金に対するブロックを外してお金持ちになろう!自由になろう!”という風潮には、「えっ?」という感じで少し引いて見ています。
お金持ちになるのは素晴らしいことですが、そのために差し出すものが何かをよく考える必要があります。それは往往にして自分の大切な時間であったり、プライバシーであったりするわけです。
また、わたしのように東京都心に住んでいると、消費への誘惑だらけです。テレビのCMを全く見ないわたしでも、一歩外にでたらポルシェが大衆車のごとく何台も走り、桁違いの豪邸やマンション、高級ブランド店ががたくさん並んでいます。
ついつい根拠のない誘惑に駆られて過剰消費サイクルに入ってしまうと、今度は自分の人生そのもの(時間やプライバシー)が他人に消費されるだけのものになってしまうかもしれません。
あなたが今いかほどの経済状況にいるのかは関係ありません。世界一の富豪であっても、何かが足りない、満たされないと思いこんで貧困に苦しむことができるのです。
ゆえに本当の意味での貧富とは純粋な個人の選択の問題なのです。豊かな人生を生きるか、貧しい人生を生きるか、自由な人生を選ぶか、不自由を選ぶか。
彼の言葉を鵜呑みにする必要はありません。ただ、それらを通して自分にとって本当に必要なものは何か、ほしいものとはなんなのか、今一度立ち止まって考える良い機会になるはず。
それにしても、彼と同じようなことは実は2000年以上も前から、ローマの哲人セネカなんかも言ってるんですけどね。
人類って進歩しているようで、なかなか変わらないものですね。まるでわれわれ人類はなにかのプログラムに従って行動させられているようです。
セネカについての参考:
こちらも:
欲しがれば欲しがるほど、心はずっと貧しくなる
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余談ですが、日本の(左翼系)野党がなぜこんなに弱いのか彼を見ているとわかります。彼は自分の姿を通して質素倹約を貫き、さらにより低所得層向けの政策をとったため、当然低所得者層から絶大な人気がありました。
しかし、日本の左系の野党の党首でこんなことしている人は一人もいません。与党の議員と同じように私有財産を多く持ち、低所得者とはかけはなれた高給取りなわけです。
それでどうして低所得者層の支持を得られるというのでしょう。パフォーマンスでもいいから、私有財産を放棄し、低所得者層と同じような生活をするリーダーがいれば説得力も人気も増すはずなのに、それすらできない日本の野党議員には残念ながら今後も期待ができそうにありません。
そしてこちらもご参考まで:
それではまた。
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